毎日がひとりオフ

当たり障りのない日常

ヒーローショーは中の人のサインが貰えると思っていた

ヒーローショーってあったじゃないですか。最近はどんなふうかわからないけど、ぼくらの子ども時分は、土曜とか日曜にダイエーとかジャスコに行くとやってたやつ。小さい頃からほとんど特撮ヒーローに興味なくて、親に連れられて行ったヒーローショーを眺めながら、「これなんていうヒーローだろう」くらいの感情しか持てなかったひねくれた幼児時代でした。でも、親からすると、子のそういう事情は関係なくて、親父としては「母親の買い物の間、時間つぶしくらいになるだろう」くらいの感じだったのでしょう、あまりわけがわからないままイベントスペースに連れていかれたりするわけです。そのヒーローが仮面ライダーだったりシャイダーだったりするわけですが、観客の中から3人くらいちびっこが連れてかれたあと、ヒーローが飛び込んできて子どもたちを助けるっていう、ベタベタの勧善懲悪ストーリー。今思えば、相手が子どもたちとはいえ、随分失礼なくらいベタベタの起承転結でしたね。で、そのヒーローショーが終わったあと、ヒーローのサイン会みたいなのがありまして。仮面ライダーなりシャイダーなりナントカレンジャーなりが会議机の前に座って、子どもたちにサインをくれるわけなんです……が。

 小さい頃からずーっと。ずーっとね、「これなんかおかしくない?」って思ってたことがあるんですよ。いや、中の人が本人じゃないとか、そういうんじゃなくて。いや、まあほぼそれに近いんですけど。例えば仮面ライダーショーが行われたとします。それが終わったあと、仮面ライダーサイン会が行われるわけですけど、それって本当は「本郷猛サイン会」じゃないとダメだよね、っていう。俺、まったく初代仮面ライダー世代じゃないんですけどね。世代的にはアマゾンとかそのあたりらしいけど、特撮まったくみなかったんで、かろうじて情報として頭に収まってる初代仮面ライダーでこのまま書きますけれどね。仮面ライダーの色紙に、子どもにはよくわからない自体で仮面ライダーのサインが貰えるんですけど、あれ多分「仮面ライダー」って書いてたと思うんですよ。もっかい言いますけど、ずっと疑問だったんですよ、「そこは本郷猛じゃないんだ?」って。いや、当時のちびっ子の自分が「本郷猛」って名前を知ってるわけではないですよ?ただふんわり「あれ、仮面ライダーって、『仮面ライダー』でサインしていいの?」みたいな疑問がずっとあったんですよ。

で、最近一番「そうじゃない……」って思っちゃったのが、プリキュアとかのヒロインショー。プリキュアって観たことないですけど、彼女ら普通の人間っていう設定の作品だと思うんですが、ショーやサイン会に出てくるのはプリキュアキャラのきぐるみを着た大人なんですよ。なんかね、それはヒーローのサイン以上に「違うんじゃね?」って思っちゃう。いや、ぼくなんて社会のほろ苦い現実を知ってしまったので、サンタクロースがいるかいないかだって知ってますし、舞浜のネズミだって実は***(自主検閲)だって知ってるから、そう思っちゃってしまってるだけで、純粋な子どもたちの目からしたら、「あれこそがプリキュアだ」ってなってるのかもしれないですけれども。いや、なんだろう。あれがプリキュアだっていうの、むしろ子どもたちに失礼じゃねえの?って思っちゃうんだよなぁ。もしかして、子どもたちもそこはわきまえた上で「あれはショーだから」って言ってんのかしらん?

もちろん本郷猛は藤岡弘、さんだけなので、ヒーローショーに藤岡さん毎回呼ぶわけにも行かないわけだけど、なんかその辺りなんとかなんねえのかなーって、ヒーローショーの話題見かけるたびにいっつ思っちゃうんです。なんかこれはもうそういうヒーロー作るしか解決策ねえのかなぁ。謎の白い生き物と契約すると誰でも街を守るヒーローになれるみたいなやつ。誰でもヒーローになれるから、中の人普通にサイン会で自分の名前書いちゃうの。太郎くんがすごく声援を送っていたヒーロー、スーツを脱ぐと実はお父さんで「太郎、実はお父さんが街を守っていたんだよ」みたいな。それで幻滅されるか大喜びされるかすっごいきになる。

とここまで書いたところで、そこまで面倒くさいこと考えるの自分だけなんじゃないかと思ったのでもうやめときます。