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毎日がひとりオフ

ネットの話題とITと音楽。

二次創作を可能性と考える

前回書いた通り、すっかりSTEINS;GATEにはまってしまいまして。
これまで同人誌とか手を出したことほとんどなかったんですけど、シュタゲは設定上で二次創作もアリだなと思えるシナリオなので、ネット上の二次創作を「世界の可能性」として楽しんでおります。
なんでそう感じるかは、本編見ていただければわかるかと。
詳細なストーリーは書きません。遊べ。もしくはBD見ろ。

STEINS;GATE

STEINS;GATE

で、今までユーザーによる二次創作にわたくしが否定的だったのは、作者の意図した世界の設定が崩されることを嫌ったからでして。
所詮ゲームやアニメは創作なので、可能性の物語はいくら存在しても構わないと、わかってはいるのです。

いるのですが。

作者の意図……というかなんというか。
自分が作品において感じたことが、二次創作により歪んで認知されてしまうんじゃないか、という恐怖があったのです。
作品に対して覚えた感動は、それ以上でもそれ以下でもなく、感じた通りのままにしておきたい、というような。
設定考証や完全なスピンオフは楽しめたのですが、作品の主人公たちが出てくるような二次創作には若干の拒否感がありました。

それがまあシュタゲでコロっと変わってしまったわけなんですが。
二次創作のショートストーリーをSSって言うらしいですけど、それを見かけて素直に「あ、こういう可能性もあるなー」とうなずける内容なのです。

そこで気づいたのだけれども、二次創作に携わる人々というのは、その作品の世界を終わらせたくない想いで、無理矢理にでも世界を広げようとしているのではないかなーと。
たとえ作品の本編が終わっても。
作品の本編が自分の想い通りにならなくても。
二次創作ならば、世界をいくらでも、自分の思う通りに拡張できる。
貞本エヴァのカヲルがテレビ版と大幅に違うのは、貞本義行氏が意図した性格と大幅に違っていたことに納得いかなくて、自分の想い描いた作品にしたから、だそうで。
TV版とマンガ版はパラレルワールド扱いですけれど、ある意味では二次創作に近いとも取れる。

シュタゲに話を戻すと、ストーリーがすごい面白くて、一通り遊んだ後、もうこれ以上の余計なスピンオフとかはいい、これで完結するから美しい、と自分の中でおちついた。
はずなのに。
何度か話を読み直すうちに「この可能性はどうなるんだろう」とか「このあとどうなったんだろう」とか、スピンオフやSSを読み続けないと「終わってしまう」寂しさが湧いてくるんですよ。
というより、世界が広がっていく楽しさを受け入れたっていうほうが正しいのかな。

二次創作はあくまでifだけれども、それが「可能性」ととらえて、世界をひろげつつ自分の好きな作品を楽しみ続ける、そんな方法もあるんだなぁと感じた次第です。