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毎日がひとりオフ

ネットの話題とITと音楽。

時間をかけて文章を書くということ

文章、とくにちょっと長めの文章を書くたびに、いつも思うことがあります。
例えば、ブログの記事をちゃんと書こうとしたとき、ぼくの場合、長いときで2時間ほど掛かることがあります。
にもかかわらず、その記事はものの3分程度で読み終えられてしまう。
じっくり掛けて書いた文章が、数分で読めてしまうのは、果たして等価なのでしょうか。

文章を書くという本分を思い出す

自分でMovableType*1をインストールして、ブログを立てて、日々記事を書いていた時期がありました。
もうどんなサイトだったかすらうろ覚えだけれども。
たまにブログにコメントが残るとすごくうれしい。
だれかの反応は、ぼくがブログを書くモチベーションに直結します。
文章を書く以上は、だれかに見てもらいたかった。
結局、その「たまに」に耐えかねて、ぼくはブログの更新を止めてしまいました。

ちょうどそれは、自分がはてなブックマークを利用しはじめたころ*2だったんじゃないかな。
はてなのシステムでは、記事を読んだとか、よかったとか、そういう評価をはてなスターで明示できます。
逆に、はてなスターで手軽に明示できる分、いわゆる「スター乞食」になってしまうこともままありました。
スターが欲しいからポストする、スターのために文章を書く。
わざわざブクマする必要のないニュースにも片っ端からコメントを残したりして、とにかくスターをもらうことに固執した時期がありました*3
ブクマに掛かる時間なんて1分か2分程度です。
数分でだれかから反応をもらえるのだから、ますますブクマばかりしてしまう。
こうしてぼくは、はてなブックマークというサービスにのめり込んでいったのです。

効率により失われた自己

さて、3分で反応をもらえるはてなブックマークに没頭しはじめてから、ぼくが書くことに大きな変化が起きたのです。

自分のために、文章を書かなくなった。

時間を掛けてブログを書いていたころは、なんとか自分を表現したい、想いを何らかの形で伝えたい、そんなことを考える自分と向かい合いながらの筆記をしていました。
それが、「スターをもらえるような内容」を狙って文章を書くようになったのです。
こういう内容を書けばスターがもらえるんじゃないか、この記事にはこういう反応が適しているのではないか。

2時間掛けて書いた文章も、たった10分で読まれてしまう。
だったら、3分の文章に反応をいただいたほうが、ラクじゃないか。

ぼくはどんどん時間を掛けず、効率的に反応をもらうことに固執していきました。

自分のために文章を書く

Twitterなどのソーシャルメディアによって、発信に掛かる時間の短縮が拍車を掛けていきます。
情報は時間を掛けずに発信するもの、とうとうそんな風に考えが切り替わったある日。
はてなが突如「はてなブログをリリースします」という発表。
ズブズブのはてなユーザーになっていたぼくは、迷わずベータテストに申し込み、こうして今はてなブログを利用しているのですが。

長文を書き始めると、書くという行為の意味合いがまた変わっていくことを感じました。
他人という「外」からの評価を意識しながら、自分という「内」をいかに発信するかに、主眼がまた戻ったのです。

2時間掛けて書いた文章も、たった5分で読まれてしまう。
でも、書くことに使った2時間と、読むために消費される10分間は、まったく別の次元に存在する時間です。
その2時間は「自分の思考」という形のないものを有形とするために消費した、かけがえのない時間とぼくは思います。

何時間掛けて書いたか、何文字書いたかなんて、そこに本当は意味などない。
最終的に、どれだけ自分の意思を相手に伝えられるか。
自分が書いたことを、どう伝えるか。
打算だけでは充足できない「想い」を込める。
それが、文章を書くという行為の本分だと思うのです。

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

おとなの小論文教室。 (河出文庫)

*1:ブログ構築のプログラム。

*2:2chだったかネトゲが原因だったかもしれない……いやでもFFとUOやってたころはそのためのBlog書いてたしな……。

*3:今はブクマをどう使ってるかってーと、雑貨とかカフェとか欲しいものとか、生活に掛かる純粋な「ブックマーク」として使ってます。SBMなのにソーシャル関係ねえし。