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毎日がひとりオフ

ネットの話題とITと音楽。

ブログを再び引っ越しまして。

放置していたはてなダイアリーもこちらへ移転することに決めました。
はてなダイアリーには、テクニカルな話題から日々の出来事まで、いわゆる「ブログらしいこと」を書いていくつもりだったのですが、結局ほかのブログに違うカテゴリの文章を書いてしまうことが多々。
そういえば、はてなブログ、プロユーザーだと10個まで作れるんですよね。
勉強がてらMTだかWPだかで再構築してもよかったのですが、メンテに気取られる恐れがありましたゆえ、せっかく使っているはてなブログを利用してやろう、と思い立ったわけです。

書きたいと思っていること

目的なしがこのブログのテーマですが、とりあえず直近に書こうと思っているのは

  • ブログの再評価に関する考察
  • Google Readerから引っ張ってきた記事何かしら

あたりでしょうか。
お出かけ関連の話題は「紀行癖」にて続けていきますが、それ以外の雑多な話題はこちらで運用していきたいなと思っています。
雑貨スキーなのでその辺りの話題もフォローしていきたいところですが、それは別ブログまた作ります。

なんでまたブログを仕切り直したのか

これは次回以降の「ブログの再評価」に触れるときに改めて書こうと思うのですが、TwitterFacebookといったSNSでは「個」を表現しづらいと思ったからです。

もちろんSNSにも個性あふれる「有名ユーザー」は大勢いらっしゃいます。
ネタクラスタであったり、キュレーションクラスタであったり、ギーククラスタであったり。
ひとつひとつのツイート、エントリーに価値を生み出す人がいるのは事実です。

しかしながら、ぼくのような特筆するところのない、消しゴムのクズみたいな人間の発言ならば、1ツイートあたりの価値は無価値に等しいんじゃないか、という気になったのです。
実際「うんこなう」の価値がいかほどか怪しいもんです。
消しゴムのクズがそれなりの形づくるには、一カ所に消しクズを集めてやらないといけません。
Twitter上の多人数から形成されるタイムラインでは、個としての自分を表現しづらい。
それどころか、他に影響を受けて、いっそう個である自分が薄れてしまう。

勘違いしないでほしいのですが、他から影響を受けることも、人としての大切な要素と考えています。
人に何か言われて楽しむ、怒る、悲しむ、それはそれで重要な自己形成の要素です。
しかしながら、中毒のようにTwitterばかりしているとき、誰かの反応を前提とした自分ばかりが目立っている、そんな懸念が頭によぎりました。
そこで、「自分」を集約する場として、ブログをていねいに書いていこう、と思った次第です。

このほかにもいろいろ思うところ、ここに至るまでの出来事があったりもしたのですが、それはまた後日。
ほかのブログややりたいこともありますので、ペースは大変遅くなるかと思いますが、ぼくという人間をこのブログで形づくっていけたらいいな、と考えております。

とはいえ

大層なこと書きましたけど、最初だけです。最初だけ。
以後はゆるゆるやっていきます。